こころのこと
 


★ハートマス研究所によるハート(心臓)に関しての興味深い研究結果 2018.3.27

ブログの記事の「心のありか」にハートについてのことを書きましたが、「心臓(ハート)」に関して行われたある大変興味深い研究結果があります。


スタンフォード大学の関係機関であるハートマス研究所の研究によりますと、今まで私たちが「脳」の役割だと思っていたことの中にも、「心臓」がその機能を担っている部分があることがわかりました。


例えば、脳科学では、『心は脳の中にあり、どんな感情が脳のどの部位に生じるかまでわかってきている』といいますが、感情を司る機能や記憶を司る機能が「心臓」にもあることが、最近の研究で明らかになってきたそうです。


それから、人体の電場、磁場を測定してみると、「心臓」から発せられる電場や磁場が人間の身体の中で最も強いことがわかりました。


 


人体の電場や磁場は、上の画像のように「心臓」から放出されていて、それはドーナッツの形のようなトーラスの形状になっているようです。


トーラス状に放出される電磁気エネルギーは、2.5〜3mほどまで広がっていて身体の範囲よりも大きくなっています。実際2.5〜3mというのは測定器の検査範囲の制限のためだといいますので、実際はもっと遠くまで広がっているようです。


そして、心臓と脳のエネルギーを比較してみると、心臓の電場は脳の60倍、磁場は脳の100倍も大きなエネルギーを放出していることがわかってきました。


「心臓」から発せられた電磁場は、2.5〜3mの範囲を超えて、もっと大きなエネルギー場に接続していて、地球の電磁場にも何らかの形でつながっていて、そこから私たち自身や地球上の他の生物ともつながっている可能性があるといいます。


「心臓」からのエネルギーで、周りの人や他の生き物ともつながり、影響を与えている、与え合っていることになります。


ということはもしかして、心理学者のユングのいう「集合的無意識(集合意識)」の活動なども「心臓(ハート)」が関わっているという可能性も考えられますね。もしそうであるのなら、潜在意識及びそれより深い意識はハートに関わり、ハートが司る活動であるということにもなります。


また研究では、直感は脳でなく「心臓」と直結していることも分かったようです。「心臓」は脳よりも早く物事に反応し、しかも未来に起きることを予想できるという実験結果も出ています。つまり「心臓」は時間や空間を超えて、思考では得ることのできない情報を受け取っているということも証明されているようです。


「心臓(ハート)」が司る役割は、我々が思っている以上のものがたくさんあることがハートマス研究所の研究結果で見えてきました(^_^)


ハートに関しての私の心理療法の現場での研究結果からは、「感情」に意識を向けて、それを受け入れ解放することが「ハート」を根本的に開くことにつながることがわかりました。そして、ハートが完全に開くことで、心が安定し人間の本来の精神性が発露していくこともわかりました。


また感情がハートに関わるということについても、私自身がハートマス研究所が開発に関わっている心拍変動バイオフィードバックシステムのエムウェーブという機器により、様々な実験をすることでもそのことがわかりました。


これらのことから、脳科学などにおける「脳」活動の活性化やポジティブな活用は大変有効であるのですが、その部分を特化して活性化させるだけだと、どうしても脳活動の根幹に関わっている『生存本能』からの活動の範疇を超えられないと感じています。


多かれ少なかれ、人間は誰しも生育環境の中でトラウマを負っています。


それにより、「怖れ」や「不安」、「悲しみ」などのネガティブな感情が自然に発生します。しかし、それを感じないように抑圧(解離)させてしまうことが原因で、生存本能を司る脳幹(は虫類脳)や大脳辺縁系(哺乳類脳)が活発に活動して、人間特有の人間性を司る脳の部分である大脳新皮質の活動は弱まってしまいます。


動物としての生存本能は人間にとっても生きていく上で必要なものなのですが、それが活発になり過ぎてしまうと、自分の身を守ることにしか意識が向きにくく(向かなく)なって、他の人や社会、自然環境や生態系などとつながり共生、共存していく意識が低下してしまうのです。


(ここが過剰になった場合には安心感を得るために、『今だけ楽しければいい』、『自分だけ良ければいい』、『とにかくお金があればいい』などという思いに執着してしまうようになり、思いとは逆に、ほんとうの安心感やしあわせ感を感じられなくなって、ますます単なる我欲の世界へとはまり込んで人生は抜け道のない苦しいものになってしまいます)


このような過活動になった生存本能を静めて、大脳新皮質を活動させていくには、ハートを開いていくことが一番有効な手段であると私は長年の研究結果から確信しています。


私の研究と活動がそのための一助になれるとうれしいです。


今後も、さらに客観的データを集めていきたいと思っています。


 



★母の役割 2018.2.15

白石康次郎さんという海洋冒険家の方が書かれた本の中にこんな一節がありました。白石さんは、子供たちに自然の尊さと夢の大切さを伝える活動にも積極的に取り組まれています。


『「精神筋力〜困難を突破し、たくましさを育てる〜」白石康次郎著 生産性出版』より


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母は偉大である。その最たるものが母性だろう。

塾の先生から、こんな話を聞いたことがある。

耳の形が人と違う子がいて、いつもみんなからそれをからかわれていた。でも、その子はまったくめげず、明るくしている。なぜこの子はこんなに強いんだろう?ある日直接聞いてみた。

「みんなに耳のこと言われて、悲しくない?」

「うん、平気。だってお母さんが毎晩、“あなたの耳はかわいい。あなたの耳は世界一だよ”って言ってくれるから」
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小さな子供にとって、おなかの中でずっと一緒で、生まれてからもおなかが空けばおっぱいをくれて、うんちやおしっこが出て気持ち悪くて泣いたら心地よくしてくれるお母さんが、世界のすべてであり、大好きになります。


子供は、この母親とのつながりとやさしい視線や言葉を一番に求めています。


子供は、まず母親から愛されたい、受容されたいと感じる存在なのです。


残念ながら、家庭環境によっては、父親が子供に暴力を振るう場合もあります。子供は暴力を振るわれることで強いトラウマを負いますが、それをお母さんからしっかりケアしてもらえない子供は、トラウマの影響がさらに倍増してしまいます。


しかし、お母さんからそのつらさをわかってもらい、ぬくもりをくれて少しでも安心感を与えてもらった子供は、そのトラウマの影響が激減します。


大事なことは、たとえどのような状況下にいようとも、どれだけ母親から受容してもらい「安心感」を与えてもらえたかどうかです。


子供にとっては、本当に母は偉大なのです。


 



★親を悪者にしても心は癒されない 2018.2.5

ある精神科医で大学の教授が対談本の中で、こう表現されていました。


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こうして精神失調に心的外傷が果たす役割が強調されてゆく動向の一方で、心的外傷論への極端な傾斜に対する批判も出てきました。なんでも、「過去」のせいか?という批判ですね。


例えば一時ブームのようになった「アダルト・チルドレン」が良い例ですね。


これは元来、アルコール依存の家族に見られる特徴的なパターンを指す用語でした。親がアルコール依存者でさんざん辛酸をなめ、もうこりごりなはずの子供が成人すると、なぜかアルコール依存者を配偶者に選んでいるという現象が偶然以上に起きます。人生こういう不思議がありますね。


それを説明する概念で、彼らは飲んだくれのガキのような親のために小さい時から健気にもその面倒を見る「おとな」の役割を担う子供、すなわち「アダルト・チルドレン」として生きてきたのである。それが骨がらみになってしまうと、成人してからも期せずしてまたその役割を引き受ける結婚を選んでしまうのだというものでした。
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これは、娘の場合のことをいっているのだと思いますが、私のトラウマ心理学からいいますと、不思議ではなくて明確な理論があります。


この娘の心の奥には「お父さんを何とかしてあげたい!」という願いにも似た強い思いが隠されています。


そして、そこには「お父さんを何とか落ち着かせたら、お母さんが悲しまなくて済むようになる」という思いで、お父さんの面倒を見る場合もありますし、「小さい頃かわいがってくれることもあったお父さんが好きだから、助けたい!」という思いで父親に関わる場合もあります。


特に、「お父さんが好きだから助けたい」という思いを持った娘は、異性である恋愛、結婚相手に父親を投影するので、どこか父親に似たところのある助けが必要な人を自分から選びます。そういう人しか目に入らなくなるのです。したがって、この娘の相手は実際にアルコール依存者であったり、そういう傾向を持っている人である確率が非常に高くなります。


お母さんを助けたいだけで、父親のことが嫌いだった娘の場合には、必ず父親と正反対の人でアルコールに依存しない、ほとんど怒らない優しい相手を選びます。


また、両親二人とも嫌いだったり、その夫婦関係がとても嫌だった人は、夫婦のつながりというものを見せてもらっていないからわからなくて、結婚にいいイメージもないので、その人は結婚をしない確率がこれもまた非常に高くなります。


息子の場合には、アルコール依存の父親は自分自身をも嫌っているので、同性である息子に自分を投影して、自分を嫌って責めるように息子を扱うようになります。それは、自分が自分の親(特に父親)から扱われた同じやり方の場合がほとんどです。


父親からこのように扱われた息子はトラウマを負い、怒りも悲しみもたくさん持ち、生きることのつらさを抱えながら生きていかなければならなくなります。この子は、父親のようにアルコールに依存する人のことはとても嫌いだったはずなのに、いつしか気づくと自分も依存的な飲酒へとはまっていきます。


これは、自分の怒りや悲しみなどのネガティブな感情から逃げるためにアルコールに依存していくのです。アルコールを摂取することで、それらの思いや感情を忘れようとするのですが、悲しいことにあふれ出るその感情は隠し切ることは出来ないので、アルコールに依存して、抑えられない感情の爆発をする、あの父親のようになっている自分に気づいて、愕然とします。


(私のところでは、心を癒すことを目的にしてセッションを受けられた人は、結果的にずっとあったアルコール依存症がなくなってしまいました。しかし、アルコール依存症を治したいといってセッションを受けられた人は、自分の心の内に何があるのかに気づき始めたらすぐに、セッションを止められました。心の内を見たくないためにいつも酔って忘れようとしているので、いい悪いは別として、これは当然のことだと思います)


大変悲しいことですが、このような流れが世代間で伝わっていくことがほんとうに多いです。さらにここには、子供の頃からアルコールをたくさん飲んでいる父親を毎日見ているので、その子の脳には機械的(洗脳的)に「気分が優れない時、むしゃくしゃする時にはアルコールを飲む」父親の姿がインプットされて、自分がそういう精神状態になった時に、無意識にもアルコールに手を出し始めるのです。これは、アルコールに限らず、他のもの(ギャンブル、異性関係など)への依存的行為もまったく同じです。


人間の脳は、見聞きしたものをほんとうに機械的に刷り込んで、洗脳されやすいものだということが心理療法の長年の経験からわかりました。脳のこういった機能に気づいた時には、私自身も大変に驚いた記憶があります。


本では、さらに続けてこう書かれていました。

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『ところが心的外傷論への傾斜の中で、この概念は無限定に拡大されて、現在ある不適応や不調をすべて子供時代の不幸、親による被害に帰してしまう概念となってしまいました。


一流大学を出てエリートサラリーマンになった青年が、仕事は給料もよいし望んでいた分野でもある、しかし、何かしっくりしない、こんなはずではなかったと訴えます。振り返ると、親は自分を一流大学にあることばかりを考え、自分がそのように従順に従ってきた。親のために勉強してきた。だから自分はアダルト・チルドレンで、就職しても楽しくないのはそのせいで、責めは親にある、と。一応つじつま合ってるみたいですが、何かおかしいでしょう。むしろ、未熟な子供的な依存心性から抜け出せていないところにこの青年の不全感の根っこがありそうで、本来のアダルト・チルドレン正反対のものですね。


これは極端な例としても、こういうところにまで概念が拡張されてきました。心的外傷という現象の存在は全面的には否定しないけれども、なんでも外傷のせいにしてしまう、自分の不幸をすべて外の責任にしてしまう。それはやはりおかしいのでは、という見解が当然ながら出てきます。』

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トラウマ心理学からいいますと、「この青年の未熟な子供的な依存心性から抜け出せていない不全感」こそが、トラウマ(心的外傷)による中心的なものなのです。


この青年の例でいうと、親はこの息子に「一流大学、一流企業に行くことがあなたがしあわせになれることだ!」と息子がしあわせになってほしくて、愛情としていっているのです。しかし、息子からいうと、勉強が出来て成績がいいことはほめてくれるけれど、ほんとうは勉強が出来ようが出来なかろうがありのままの自分を見て、受け入れてほしいという思いが心の内にずっとあります。


親からいうと愛情に違いないのですが、子供は“自分が満足するやり方での愛情”を与えてもらえなければ、自分が受け入れられている感じや好かれている感じ、愛情を向けてもらっている感じを感じられなくて、これが度重なるとトラウマとなっていきます。


たぶん、この親は日常会話の中でも、どこそこの誰がどの学校に行ったとかどの会社に入ったとかを話題にして、馬鹿にしたり羨望したりすることがあったのだろうと思います。(こういうパターンは非常によくあることです)


こういう環境にいた子は、親から評価されるようにならなければ愛されないという観念を持ってしまいます。「出来ること、評価されること=愛情」なのです。そのために、従順に頑張ってきたのだと思います。


そして、ここにもその親も自分の親からまったく同じように、「評価を得ることこそが善だ」といわれ育ち、自分もそのように努力してきた人であることがほとんどです。


ただし、子供にとっては「そのような扱いしかしてくれなかった親が悪いから」という思いは出て来て当然ではありますが、この本で教授がいわれていますように、大人になってもその思いを持って、自分の不幸を外の責任にしているだけでは、自分の人生はまったく進まなくなってしまいます。


大人になって独立した時には、親の影響下から逃れられなかった過去は終わったのですから、親からのトラウマではあっても「すべて親の責任」と責任転嫁するだけの人生から、自分自身の人生へと変えなければなりません。


ここには、その人の心の中には子供の頃に表現できなかった思いや感情がたくさん抑圧されて溜まっています。また、親から抑えられた重圧とかプレッシャーなどの感覚もその当時のまま頭(脳)の中に残っています。


こういったものは、いくら年月が経って忘れたと思っていても、解放しなければずっと心と脳の中に残り続けているのです。皆さんがセッションで自分の心の内を見た時に、どれだけ過去のそういうものが残っていたかに気づいて驚かれます。


どうしても、過去の親とのことに引っ張られて、今を前向き生きられない時には、その過去のことに向き合って処理をすればいいだけです。そうすれば、過去から持ち越していた影響はきれいさっぱり消えてなくなります。それぐらい、外から見てもわかりませんが、人間の心と脳には過去の出来事からの影響が染みつくように残っているのです。私の心理療法は、その部分を解放、処理するための方法です。


親を悪者にして責めたり、過去のことを後悔したり、そこからダメだと感じている自分を責めたりし続けていても何も変わらないし、何もはじまりません。いくらそれを続けても心が癒されることもありません。


それは、終わったことをただただ後悔していたり、周りの責任にして周りを責めたり、自分の責任にして自分を責めたりすることに人生の時間を使っていて、今を生きていないということなのです。


大人になって、幼少期から置かれていた環境から離れることが出来た時には、自分自身を生きられる時が来たということです。過去は終わって自分の人生を生きてもいい時が来たということです。


今現在を感じて、そこから自分の人生を前向きに生きていきましょう!!


どうしてもそれがうまく出来ない、そこに向かえない時には、私のトラウマ統合療法やサポートするための様々な方法が世の中にはもう存在しているのですから、必ず変われますよ。大丈夫ですよ(^_^)


 

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